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新しい主義を作ってみたよ。(zan作)←さっき3時間位でまとめた
功利主義だの、自由主義だの、共同体主義だの言ってる人は
この主義を見とけばいいよ。
善の意志を重視する。

・命の価値は善である程重くなり、悪である程軽くなる。
・命の価値がマイナスになった者に天秤は使用しない。
・命の価値の0と-1の境は、生存を許されるか否かである。
・他者に苦痛を与えない限り、個人の意志は最大限尊重される
・多数の意思が存在する時、命の価値が高い者の意志から順に尊重される。※0
(・ただし、己の枠に収まる範囲の意志は、命の価値が高い者の意志の干渉より上位であり、
それを侵害されることはない。※1)
(・以後は単純な意志の尊重でなく、自己犠牲が必要な救うべき事象について記述する)
・善であるとは、即ち自己犠牲が働くということである。※2
・その善が自己犠牲に値すると考える範囲内において、傾いている天秤はその法則を善の意志に委ねる。
・思考の上では、(尚且つその事象のみで終わると考えれば)究極の善は、一人の価値0の人間を自己犠牲によって救う。
・ただし、価値が高い人間を救う方が優先されるのでこれは起こりえない。
・価値100の人間がそれより低い価値の人間を救っていき、価値99の人間がこれを繰り返す
・自己犠牲に値しないという地点まで来た時、その地点を善の自己犠牲の境界線と呼称する
・善の自己犠牲の境界線まで繰り返された時、それより価値の低い人間の意志を判定することは(その仮定した事象において)犠牲を分け合うことが出来なければ無意味となる。そうでない場合は判定される。ただし、判定されても善の意志に反する場合は承諾されない。
・判定が終わった後、天秤は本来の能力を取り戻す
・価値1の人間が価値2の人間を救うことは現実的にあり得るが、仮に価値2の人間が価値1を救える場合、当然価値2の人間の意思が尊重される。
即ち、尊重されているのは命の価値ではなく、命の価値が高い者の意志である。
(・繰り返しを行うことによって、命の価値が高い者の意思は全て反映される訳ではない。※3)
(・善の自己犠牲の境界線があることによって、現実的に可能な均衡が保たれる。)

少数の善による犠牲によって、大多数の人間の平穏が維持される
この理不尽は、善の意志によって容認される




結論
・命の価値が高い者の意志を尊重すれば世界は良くなる

・多くの人を救い、それは、少数の善の犠牲、苦痛によって成り立つ

・意志は尊重される


補足
・天秤は命の価値が高いか低いかを単純に比較する
・天秤が善の意志に委ねられていない場合は、その天秤の傾きに従う
・即ち、価値1が1人と価値1が2人であれば、価値1が1人を切り捨てる
(※分かりやすくした例であって、価値が同じということはあり得ない。
価値が同等に見える場合、必要であれば少数以下も求めることでこの主義は成り立つ。)

・自己犠牲の救いの優先順位や、救える配分計算をする必要が出てくるが、
 その判断は最も有能に近い人間の判断に委ねられるので最も良い判断となる。


分かりやすい補足
いわゆる、功利主義が天秤であるが、それより上位に意志がある。
意志は善であればある程重要視される。
自らより上の、「善の意志」に反する意志は承諾されない。
ただし、己の枠の範囲であれば侵されることはない。

(ただし功利主義の、幸福と苦痛を同列の枠の中で合算する理論は否定する)※4


※0 単純な意志尊重と、自己犠牲が必要な救うべき事象と分けて記述する。
   自己犠牲の事象の場合は後述する。
   そうでない場合、天秤が本来の能力を取り戻すのは
   全ての意志確認が繰り返された後である。
   意志は天秤より上位に存在する。
   ただしこの場合も、判定する意志が
   それより上位の善の意志に反する場合は承諾されない。

※1 例えば自殺をしようとする人を、価値が高い者の意志によって侵されることはない。
   自己の範囲で完結するものであれば、己の意志が最も尊重される
   これは命の価値が高い者からすれば自明だが、
   繰り返しを行った後、善の自己犠牲の境界線が、
   それを理解しない者によって引かれる可能性が僅かにあるため。
   (自己犠牲を容認しても自己範囲完結意志を尊重できない人が発生する可能性)
   考えうる全ての事象に対応するためにある条項である。

※2 この主義は善の定義が重要となる。
   自己犠牲を思考でき、尚且つその救いを実行できる能力を持つことで善と呼称する。
   善の大小は、実行でき、救える結果の質と量が相当する。
   当然、知能が高いか低いかが大きく影響する。
   能力が同じであれば、金銭を多く持っている方が善ではないかという問いは、
   それを使うことによって、より救える結果と質の量が増えるのであれば肯定される。
   善は結果である。
   しかしそれは偶然等を加味したものであってはならない。
   (その偶然が死ぬまで続くという仮定でもない限り)

※3 個人が払える自己犠牲の限界を示す
   できうる限り自己犠牲を使い切るべきである。
   究極的には死を意味する。価値が低くなれば緩和される。
   死ぬとそれ以上の自己犠牲はできなくなることから、
   究極の善が行える自己犠牲の範囲の限りを指し、
   それを現実的可能な均衡範囲と指す

100年後くらいの教科書に載ってると思うよ。うん。


Q まだわかりにくい

A …気が向いたら書きなおすよ。※4も後で…書くわ……

命の価値が高い程意志通りに動くことが出来、
命の価値が低い程、その意志行動に制限を受ける。

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